「未来へと記憶を伝えるために大切なのはビジョンを持つこと」——MIT メディアラボ副所長 石井裕 氏が語る記憶の未来

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「未来へと記憶を伝えるために大切なのはビジョンを持つこと」——MIT メディアラボ副所長 石井裕 氏が語る記憶の未来

2014/8/6 by Evernote Japan

2014/8/6 by Evernote Japan

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7 月 11・12 日の 2 日間にわたり「Evernote Days 2014 Tokyo」をお台場の日本科学未来館で開催しました。Evernote が日本で開催するイベントとしては過去最大規模。各業界の第一線で活躍する多彩なゲストやスピーカーを迎えて、「記憶の未来」をテーマにさまざまなセッションが行われました。

これまでに以下のセッションをレポートしてきました。

今回は、MIT メディアラボ副所長 石井裕 氏による DAYS 2 基調講演「未来記憶」をレポートします。

『人間が歴史から学んだことは、歴史から何も学んでないということだ』

石井さんは 1956 年生まれ。北海道大学大学院修士課程修了後、電電公社(現 NTT )、西ドイツの GMD 研究所客員研究員、NTT ヒューマンインターフェース研究所などを経て、1995 年よりマサチューセッツ工科大学準教授に就任、現在は MIT メディアラボ副所長を務めています。

この日も Evernote Days のためにボストンから来日されたという石井さんの講演は、2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災の話題からスタートしました。

「まだ生々しく残っている、3.11 の記憶。いかに過去を語り継ぎ、啓蒙するかが大切なことです」

そう切り出した石井さんは、東日本大震災について一旦「想定外」「未曾有」と表現しながらも、すぐに「(想定外というのは)嘘です。(震災は)想定されていた」と「想定外」を否定します。

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「過去に何度も同じレベルの震災があった。でも結局、人々はそれを忘れてしまいました。風化した石碑『大津浪記念碑』には 1896年 と 1933 年の三陸大津波を生き延びた先人たちの知恵が刻み込まれていました。『高き住居(すまい)は児孫(こまご)に和楽(わらく)、想へ(おもえ)惨禍(さんか)の大津浪(おおつなみ)、此処(ここ)より下に家を建てるな。』と。伝承があったにも関わらず、なぜ忘れてしまったのか」

石井さんはその理由として、ウィンストン・チャーチルの言葉、『人間が歴史から学んだことは、歴史から何も学んでないということだ』を挙げています。

「結局、忘れてしまう。記録がないからではなく、リマインドしていないのです。次に来る震災に備えないといけません」

母のために作った「musicBottles」とTwitter

今回のテーマでもある「未来記憶」とは、次の世代にいかに伝えていくか、ということ。石井さんはここで、1999 年に自身が発表された「musicBottles」(ミュージックボトル、音楽の小瓶)を紹介し、次のように述べています。

「これはオンラインのデジタルコンテンツの入れ物としてデザインしました。ガラスなので、落ちると壊れます。リブートできない。それがひとつの美しさの要因でもあります。この『musicBottles』プロジェクトは、母へのプレゼントというパーソナルな理由でスタートしました。母は今日の天気を知りたくて TV を見ます。でも、そうではなくて、ブルーの小瓶を枕元に置いてあげたかった。瓶から小鳥のさえずりが聞こえれば天気は晴れだとわかるのです」

しかし、石井さんの母は「musicBottles」を見ることなく、1998 年に亡くなります。

「悲しいことは忘れてしまうんです。命日とお盆くらいしか思い出さなくなる。そこで僕は母の Twitter アカウントを作りました。母は和歌をたくさん残していて、それを Twitter でつぶやく bot にしようと思ったのです」

そうやって生まれた Twitter アカウントに、あるとき花が届けられたと石井さんは話します。

「それから、いろんな方が命日に花を供えてくださるようになりました。Twitter により、母は永遠に生き続けて、思い出させてくれるのです」

石井さん自身も、すでに Twitter の bot として自身のお墓も用意しているといいます。

「20 年後、ぼくがいなくなった後でも、母の歌やぼくの言葉を Twitter は残してくれます。そこにぼくは無限の雲海墓標、青い鳥を感じました」

大切なのはエコシステムを作ること、そのために必要なのはビジョンを持つこと。

石井さんはユビキタスコンピューティングの父として知られるマーク・ワイザーの名前を出し、この世界を「変化破壊」という言葉で表現します。

「この時代は破壊的な変化に象徴される時代です。マシンもすごいスピードで変わっているし、情報はローカルキャッシュにフローズンするのではなく、激しく流れる流水になるのです。情報は流水、情報は循環する。つまりエコシステムです」

そのエコシステムの上流にあるのは、Google やマイクロソフトや Amazon などの米国企業であり、日本は”敗戦国”になったのだと石井さんは指摘します。

「アーキテクチャはハードではなくすべてです。それが、Amazon や Google 、Apple にぜんぶやられてしまった。さらに、末端の端末を作ることすら、アジアに負けてしまった。日本は何が勝負の場になるのかが見えなかったのです。iPhone より感度の高い端末を作っても仕方ありません。大事なのはエコシステムを作ることなのです」

大事なのはアーキテクチャ、そしてエコシステムを作ること。そのために必要なのは、「ビジョン」を持つことだと石井さんは述べています。

「世界は加速しています。テクノロジーは 1 年ですたれます。スマートフォンだって 2 年で買い替えてしまう。古いテクノロジーはあっという間にゴミになる。しかし、強いビジョンは 100 年を超えて生き続けます。どういう未来がほしいのか、ビジョンを考える。100 年を超えて生きる骨太なものを考える。それが僕の研究のゴールです」

石井さんは現在、「ピクセルエンパイア」、すなわち「すべての情報をピクセルで表現する」という研究を行っています。1997 年には「TANGIBLE BITS」というプロジェクトがスタート。これは、情報を水面上に持ち上げることで一部分が「現し世界」に突出し、それをユーザがつかんだりいじったりできるというものです。

たとえば「Audiopad」、「PingPongPlus」、「I/O Brush」、そして「Clay & Sand」。これまでに石井さんが生み出してきた数々の作品が映像で流れると、会場からは時折驚きの声が上がっていました。

「大事なのは勝てるか勝てないかわからなくてもぶつけてみること。そうやって新しいアプリケーションが生まれてきました」と石井さんは日本の開発者にアドバイスします。

「異分野のぶつかり合いを通して起きる、アイデア衝突による視野拡大、既存基軸を拡張する量子飛躍、期待超越する高次元への止揚。それが『TRANS-Disciplinary』(超学際)です」

1971 年に、パーソナルコンピューティングの父と呼ばれるアラン・ケイは「未来は予測するものではなく発明するもの」という言葉を残しています。彼の言葉を紹介した石井さんは、再び「ビジョン」の大切さを説き、さらに「出杭力」という自身の言葉で日本の開発者にエールを贈ります。

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「出る杭は打たれるもの。しかし、出すぎた杭は誰にも打てません。突出するなら、徹底的に突出するべきです」

自身がまさに「出杭力」を実践し続けている石井氏は、MIT で働くことを選んだ理由として、次のように述べています。

「僕が MIT を選んだ理由、それは頂が雲に隠れて見えない高い山だったから。そして頂へと続く道がなかったから。しかし、それが幻想だったことを思い知りました。登頂すべき山など初めから存在していなかったのです。その山を海抜ゼロからつくりあげ、そして 5 年位内に世界初登頂すること。それが MIT 生き残りの条件なのです」

記憶を未来に伝えていくこと、そのために必要なのはビジョンを掲げること——自ら実践してきた石井さんだからこそ、言葉の一つひとつには重みがあります。セッションに参加した皆さんにとっても、多くのものを得ることができた基調講演となったのではないでしょうか。

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